朝、窓を開けるとほのかに香るキンモクセイが私をいっぱいにしました。
夜中に雨が降ったのか、ベランダの手すりには水滴な残り、まるで水鏡に映る己に見とれるように赤とんぼがとまっていた。
開店時間を待って近所の文房具屋さんに行く。
「今年も来たな、って感じですね」
「ずっとツタがたくさん絡まってたでしょ」
「あの朝顔のオバケみたいな?」
「そう。あれが日光を遮ってたらしいんだけど、思い切って刈ったら日当りがよくなって花のつきがいいんですって」
「それでいつもより香りも鮮やかなんですね」
「せっかくだもの、楽しみましょうね」
店主とのほんの短い世間話にはキンモクセイという主語が一度も出ていない。
それだのにちゃんと気持ちは通じてる。
そんな何気ないひとときの中に豊かな「普通の暮らし」を感じるのです。